父親よ、子どもの「受験うつ」はあなたのせいだ

 

中学受験は必要か? 小学生以下の子どもをもつ親なら、一度は考えることだろう。自身も灘中学を受験・合格・入学し、灘高校、東京大学を卒業、同大学大学院を修了後、NHKアナウンサーとして活躍し、東京大学大学院にて医学博士課程を修了した後、心療内科医として活躍する吉田 たかよし氏。吉田氏は「中学受験の目的は、必ずしも高学歴・高収入の『勝ち組』になることではない」という。子どもを幸せにしたい親は何ができるのか。中学受験は必要なのか。『有名中学に合格した子の親がやっていること』を執筆した吉田氏の答えを紹介する。

(聞き手:編集部 佐藤 友理)



●中学受験は「絶対にさせるべき」

わが子に中学受験をさせるべきか。吉田氏は「環境が整うなら、絶対にさせるべき」と断言する。これだけ聞くと、何か詰め込み教育を奨励しているように思われるかもしれない。しかし、同氏の真意はそこにはない。中学受験は、大学受験や就職を有利に進めるためではなく、子どもが幸せになるために必要な2つの力を身につける絶好のチャンスだという。

「人生の目的は、納得のいく幸せな人生を歩むことです。そのために必要な力が2つあります。1つ目は、メンタル力です。中学受験は、本気で臨むなら数年がかりになる長期プロジェクトです。これに勝利するためには綿密な計画を立て、ねばり強く努力しながら取り組む必要があります。また、上手にストレスをコントロールする方法も求められます。2つ目が、問題解決力です。知識をたくさん持っているというだけではない、社会で活躍するために不可欠な能力です。その後の人生で一生役に立つこの2つの力が、中学受験で養えるのです」(吉田氏)

2つの能力を養成するというのなら、スポーツや芸事などでもいいと同氏はいう。世界一やプロになることを目標にして、懸命に努力し続けられるならこれらでも同じ効果がある。ただ、スポーツや芸事は生まれついての才能もものをいう。しかし、中学受験はすべての子どもに普遍的に開かれたチャンスだというのだ。

自主的に勉強できる子なら、受験はしなくてもいいのではないか、と思う人もいるだろう。吉田氏は、「一線に並んだ競争の中に身を置いて、試験という尺度で定量的に測り、勝敗がはっきり決まる」ことが大事だという。一人で勉強していたのでは、どれだけ実力がついたか知りようがない。

たとえば、水泳はただ楽しく泳ぐだけでは上達しない。オリンピックの金メダルを目指すなど、試合でライバルと競争するからこそ速く泳げるようになる。それと同じだ。ただし、中学受験は落ちてもよい。気力、体力を必要とする長期プロジェクトにチャレンジした経験が、その後の人生を生き抜く糧となるというのが同氏の弁だ。

●有名中学は「ガリ勉」が欲しいわけではない

それにしてもなぜ、小学受験ではなく、高校・大学受験でもなく、中学受験なのか。同氏によると、小学受験は子どもの脳の発達段階を考えると、知能テストのような問題しか出題できず、このための能力を高めても、その後の人生にさほどプラスにならない。一方、高校受験や大学受験は回答するために必要な情報量が多く、「問題解決能力」を求める問題ではなく、「知識量」を求める問題が中心になってしまう。それらに比べると、中高一貫教育で多くの生徒を難関大学へ送り出す有名中学の試験問題はよく練られている。

「中学の入試問題を作っている先生方と、大学の先生方は切実さが違います。中学入試の出題者は、これから自分が6年間かけて指導する生徒を試験で選ぶわけです。だからこそ、しっかり指導したら確実に伸びると思える生徒を選び出すため、知識偏重ではない、子どもの脳機能がバランスの取れた成長を果たしているかどうかを問うような試験問題を出題します。それに対峙すること自体が子どもにプラスになります」(吉田氏)

たとえば、平成25年度、麻布中学校は理科の試験で「ドラえもん」が登場した。


99年後に誕生する予定のネコ型ロボット「ドラえもん」。この「ドラえもん」が優れた技術で作られていても、生物として認められることはありません。それはなぜですか。理由を答えなさい。

これは「生物であると判断するための特徴」を問う問題であり、問題文の中ですべての生物に共通する特徴3つが提示されている。それに照らして論理的な思考や判断ができるかどうかを問う問題であり、「ドラえもん」を知らないようなガリ勉生徒は来ないでほしいというメッセージが込められている。論理性と人格両面を問う問題として、吉田氏はこれを良問中の良問だと称賛する。有名中学の試験問題は随所にこのような創意工夫が見られるため、その挑戦状を受けるに値するのだ。

●親に求められる「子どもと一緒に取り組もうとする姿勢」

吉田氏は、中学受験は「子ども3割・親7割」だという。それでは、親は子どものために何をすればいいのだろうか。吉田氏は方策をいくつか挙げる。「目先の点数アップにとらわれて親が焦らないこと」「塾に丸投げしないこと」「褒美で子どもを釣らないこと」「親子で一緒に勉強すること」。中でも重要なのは、「親子で一緒に勉強する」という姿勢だ。

「ぜひ、お子さんと一緒に問題を解いてみてください。親が教えられる問題はわが子に教え、逆にわからない問題はわが子に教えてもらいましょう。それを恥ずかしいなどと思わないでください。そうやって一緒に考える時間を共有することが重要です。親子が二人三脚で学ぶことが子どもの学習効果の向上に大きな役割を果たします」(吉田氏)

吉田氏は受験生の母親塾も主宰しているのだが、あるお母さんの習慣に感銘を受けたことがある。フルタイムで働いている女性なのだが、仕事で生じるいろいろな問題を子どもに本気で相談するというのである。これは、子どもにとって母親が自分を信頼してくれていることを実感すると同時に、現実にどんな複雑な問題が起こるのか、それを解決するにはどうしたらいいかを考える上で非常によいことだという。

 

●親が絶対にやってはいけないこと

中学受験で親といえば母親がまず思い浮かぶが、父親の態度もまた重要だ。

最近、受験の時期にうつ症状に陥る「受験うつ」が増えている。子どもが「受験うつ」になる典型的な例は、働く父親が子どものことを専業主婦の母親に任せきりにして、自分は不倫をしているというような家庭だという。このような家庭では、父親は不倫をやめず、一方で母親は離婚をしたがらない傾向がある。この場合、父親が教育費に糸目をつけない見返りに、不倫を続け、母親は父親と愛人を見返すための代理戦争としての中学受験に没頭する。母親が子どもの成績に対し過度に神経質になり、そのプレッシャーから子どもは「うつ」を発症する。非常によくあるパターンだそうだ。

また、良くない例として、父親が職場の地位を有名中学の偏差値ランキングにそのまま重ねようとするケースもある。「係長のA君の子どもがB中学に入ったから、課長である私の子どもはそれより偏差値の高いC中学に入らないと格好がつかない」といった具合だ。子どもはそういった親の態度に敏感に反応する。子どもの親への愛情が冷め、親からの愛情を疑いはじめる。こうして子どもが「成績が落ちたら愛されなくなる」と心の奥底で不安を感じ、受験うつの道を突き進んでしまう。

共働き家庭では様子が異なるという。共働きだと、夫婦間でぎくしゃくしても、そのはけ口が子どもに向かうことは少ないという。もちろん、共働き家庭の中学受験がすべてうまくいっているわけではない。とはいえ、共働き家庭では、父親のほうがむしろ受験に熱心なことが多いという。

「なんにせよ夫婦円満なのが一番です」と吉田氏は語る。

子どもの中学受験を成功させたいと思う父親、母親は、ともに自らの態度を律する必要がありそうだ。

●企業は中学受験経験者を評価せよ

最近、企業の人事部門によっては、採用選考過程で応募者が中学受験を経験したかどうか、そこでどんな気づきを得たかといったことを問うことがあるという。

「そうした企業は、中学受験経験者がメンタル力と問題解決力を身につけており、知識偏重型の人材に比べて、入社後高いパフォーマンスを発揮するということに気づいたのです。業界を問わず、現代は大きな変化が起こり続けており、これまでの方法を踏襲するだけでは突破できない問題が山積しています。今こそ自分で状況を整理し、解決の方向性を見いだせる人材が必要です。ですから、より多くの企業が中学受験経験者の人材として優秀さを認識し、結果はどうあれその経験を評価するようになる時代になればいいと思います」(吉田氏)

もう一つ、同氏が企業に勧めたいことがある。それは新卒採用試験に中学の入試問題を出すことだ。現役大学生にさすがにそれはどうか、と思われるかもしれない。しかし、「ドラえもん」問題など有名中学の入試問題は思った以上に深く、知識によるごまかしが利かない真の思考力が浮き彫りになる。もしかすると、これまでにないタイプの人材を見つけ出すきっかけになるかもしれない。

 

(聞き手:編集部 佐藤 友理)

 

 

ビジネス+IT